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2017年10月19日木曜日

チェックとリアクションと

朝起きると日本からメールが届いていた。月曜日に提出した科研費の計画書に対する、立命館大学リサーチオフィスからの修正提案だった。電子システム上は「却下」という扱いになるのだが、あくまで採択に向けた建設的なコメントが重ねられた上での対応である。早速、それらの対応にあたることになり、お昼を挟んで対応をすることになった。

そしてお昼を前に、霧雨の中、リフレッシュを兼ねて散歩がてらの買い物に出かけた。朝食にシリアルをいただくこともあって、牛乳の減りが割と早い。それゆえ、割と頻繁に買い物に出るものの、日本での暮らしのように簡単にコンビニを使わない(あるいは、使えない)環境にあることを思うと、おかしくはない頻度だろう。ちなみに月曜日に行ったのは、日本で言えばイオンのような感じのスーパーで、今日はもう一つの生協のようなスーパーの方である。

家を出ると、何とも秋の装いとなった中庭に目が向いた。そして、何となく目に馴染んだ風景の中、片道20分ほど歩く。このところ、道すがら置かれていた木製のベンチの座面の渡し板が1枚外れたままになっているのが気になっていたのだが、少し離れたところにあるのに気づいた。帰り際、誰かが工具を持ってきて治してくれることを期待し、そっと元の位置に乗せておくことにした。

科研費の修正を終え、Facebookの投稿を斜め読みしていると、11月に福島・いわきでなされる講座に應典院の秋田光軌主幹が出講するようで、そのイベント紹介の記事を目にした。そこには「應典院の2代目リーダー」と紹介がなされており、「お寺でのアートプロジェクトとしてはじまった今後を、どのように次世代へとつないでいけるのかを考えたい」と続けられていた。紹介を受けた当人から「ちなみに三代目主幹です!」と記されていたものの、次のようにコメントを重ねた。

「リーダーとしては2代目と捉えられているのでしょうね。無論、初代は光彦師でいらっしゃって、私はコーディネーター、モデレーターという立場だったのだろうと位置づけています。」
「きっと、新たな世代(generation)を迎えたと、まわりが捉えているということは、とても大事なことでしょう。これまでも代替わりと世代交代は違うと語り、綴ってきました。その点で、何代目かという絶対的なカウントよりも、何世代の変化・進化を遂げてきたのかという相対的なカウントから、自分たちの動きを見つめ直していくことが大切になってくるでしょう。」
何とも、ネチネチした投稿と思われるかもしれないが、この数年、應典院に関わって来られた方が企画されたイベントの紹介において、そのように記されているということは、一定、バトンリレーがうまく行ったことのあらわれなのだろう、と古巣への思いを馳せた。


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